茅ヶ崎の海の近くにある静かな旅館での、四季折々を綴ってゆきます。
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茅ヶ崎館ものがたり3 モダンボーイ・信行

震災後、初代・信次郎の息子・信行が茅ヶ崎館を継ぎました。
二代目は、富士山麓・御殿場口の旅館「松屋」の親戚の娘つねと結婚いたしました。
つねが嫁入りした頃、茅ヶ崎館の庭には、震災で倒壊した旧茅ヶ崎館の材木が山のように積まれいたとか。
震災後、建て直したのが、現在の「茅ヶ崎館」の建物です。

二代目は、町で一番最初に自家用車やオートバイに乗り回した、モダン・ボーイでした。
新し物好きで、機械いじりが大好きだった二代目は、少しでも時間ができると、愛車の手入れやラジオの組み立てに精を出しました。

石坂昌三さんの『小津安二郎と茅ヶ崎館』(新潮社)に、二代目のエピソードがいくつか書かれています。
まだラジオが市販されていなかった時代、なんと二代目は、ラジオを自分で組み立てて作ってしまったとか。
「茅ヶ崎館車庫」と「茅ヶ崎ラヂオ研究所」の看板を並べ、少しでも時間が出来ると、愛車の手入れやラジオの組み立てに精を出していたそうです。
あるときは秋田からラジオの注文が入り、オートバイを飛ばして秋田までラジオを配達しに行った、というエピソードも残されているそう。
器用だった二代目は、さらには「旅館の建物くらい建てられる」と、なんと一棟建ててしまったそうです。ただ、素人大工だったため、「見かけこそ立派でも、人が歩くと揺れて使い物にならなかった」とか。

頭が良く、父親を上回るアイデアマンと期待された二代目でしたが、昭和六年、三十三歳の若さで急逝しました。
初代・信次郎は大変落胆し、その二年後、八十六歳で生涯を閉じたのでした。
初代の妻・とらも、翌年八十一歳で亡くなりました。

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