茅ヶ崎の海の近くにある静かな旅館での、四季折々を綴ってゆきます。
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震災から一か月

おそろしい大地震から一か月ちょっと。

この地震により、命を落とされた皆様に、心よりご冥福をお祈り申し上げます。
そして、被災された皆様に、心よりお見舞い申し上げます。

毎日ニュースで被災地の映像を見るたびに、心が痛くてなりません。
でもそんな中で、家を失っても、家族を失っても、職を失っても、それでも前を向いて一歩を踏み出す多くの方々の姿に、元気づけられています。

避難所の段ボールのパーティションのはしっこにつけられた、小さな鯉のぼり。
避難所の小学生たちが、同じ避難所の方々を元気づけようと毎日手書きで発行している「ファイト新聞」。
水没した家から数日ぶりに救助されたところにカメラを向けられ、「家がなくなったら、また再建すればいいさ!」と笑顔でコメントしたおじいさん。

ショッキングな映像の中にも、キラキラ輝く美しい魂の粒をかいま見て、あらためて人間の底力を力強く感じます。

地震後に、しばしば思いを馳せるのが、小津監督です。
戦後の動乱のさなかに、美しい人間の有様、生の気高さを作品にし続けた小津監督。

日中戦争に従軍した小津監督は、戦時中に何を思っていたのでしょう。
戦争のさなかに生きる人間たちをどう捉えていたのでしょう。

このたびの震災を経て、日本に生きる私たちが、なにか大きな転換点や岐路に立っている、そんな気がしてなりません。
どこにどう向かっていくべきか、まだまだ暗中模索ですが、そんな中で、小津監督が作品を作る際に貫いた姿勢に思いを馳せると、なんとなく進むべき道しるべが見えてくるような気がします。

小津監督の命日

本日十二月十二日は小津安二郎監督の命日です。
そして小津監督が生まれた日でもあります。

小津監督は明治三十六年十二月十二日に生まれ、昭和三十八年十二月十二日、還暦の誕生日の日にお亡くなりになりました。

きっちりときりの良い、小津監督らしい去り際だな・・・と思ってしまいます。

小津監督が茅ヶ崎館で刻んだ足音や話し声、笑い声・・・色々なことに思いを馳せながら、一日を過ごしました。

小津監督と金雀枝



茅ヶ崎館のお庭では、金雀枝(エニシダ)が黄色い花びらを開いています。

金雀枝は、江戸時代に中国から渡来した落葉低木です。
細い枝が噴水のように広がり、枝のそこかしこに小さく黄色い花が散っています。

小津安二郎監督は、茅ヶ崎館の庭にある、この原色の金雀枝がお気に入りでした。
小津監督が脚本を書き出す頃に芽吹き、脚本が軌道に乗る頃に花をつけ、花が満開か、あるいは種が飛び散ってしまった頃、脚本が完成したそうです。
金雀枝が芽吹いて花を咲かし、種を散らす時期が、ちょうど脚本執筆の時期とも重なっていたため、特に思い入れも強く、時に脚本執筆の里程標にもなっていたようです。

金雀枝がお気に召したあまり、あるとき小津監督は、茅ヶ崎の金雀枝を北鎌倉のご自宅に移植したそうですが、残念ながら枯れてしまったそうです。

この金雀枝も、戦後の海岸地区の宅地開発により、残念ながら数が激減してしまったそうです。

それだけに、茅ヶ崎館の金雀枝は、これからも永く花を咲かせ続けてほしいと願います。


参考文献 『小津安二郎と茅ヶ崎館』(石坂昌三・新潮社)

小津監督の一日

小津監督は、戦後の十年間、良きコンビであった野田高梧氏と共に、毎年一年の約半分を茅ヶ崎館で過ごされていました。

毎年、秋の芸術祭に出品した後、当館にいらっしゃり、それから冬を越し、春に庭のエニシダに芽が出て花が咲き、実がなる頃まで、滞在していらっしゃったそうです。
ちょうど今の時期は、脚本がいよいよ佳境に差し掛かる頃でしょうか。

茅ヶ崎館での監督は、昼頃起きると、まず
身だしなみを丁寧に整え、昼食を兼ねた朝食を取ると、再びゴロリと横になり、昼寝
目が覚めると、連れ立って散歩に出かけ、
海岸や町を散策されていたとか。戻って来られると夕食を取り、皆が寝静まった頃、明け方までお仕事をされていたようです。

宿周辺を歩きながら、あるいは部屋で、野
田氏とあれこれ話す中で、脚本の素材を見つけ、構想を練っていたとか。

ひとが何か考えたり感じたりするときに、これまで過ごしてきた空間や空気、湿度、温度、匂いなど無意識に身体に刻まれてきた記憶が、多少なりとも影響するのでは、と考えることがあります。

小津監督が、茅ヶ崎や茅ヶ崎館で過ごして
感じた空気、具体的な空間から身体に刻まれた記憶は、小津監督の作品中に、何かの形で現れているのでしょうか。

<起床>



<朝風呂を浴びて…>



<洗面所で身だしなみを整えると…>


※散髪される際は、外から床屋さんがやってきて、ここで切っておられたとか。

<部屋でもう一眠り>



<目が覚めると、「二番」脇の階段を下りて庭へ出て…>



<海岸を散歩>