茅ヶ崎の海の近くにある静かな旅館での、四季折々を綴ってゆきます。
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曖昧さがもたらす美しさ

現在、茅ヶ崎市の人口は約23万人。
駅の周りには、大型スーパーや電気店、飲食店、書店、雑貨屋など数多くの店がひしめいています。夜遅くになっても人が行き交い、店には煌々と明かりが灯っています。

しかし、茅ヶ崎館が出来た当初、町には電気すら通っていなかったそうです。

当然茅ヶ崎館にも電気は通っていませんでした。
当時旅館で使われていた明かりは、鯨の油に火を灯した行灯だったとか。

今でこそ茅ヶ崎館から海までの一帯は住宅地となっており、海沿いには国道134号線が通り、特に夏など夜になっても賑やかです。

しかし当時は、海まで砂丘が続いていました。
夜は、行灯のほのかな光の中、遠くに波の音が聴こえるばかり。
現在では想像がつかないほど、深い闇と静寂に包まれていたに違いありません。

電気がなかった時代。当時の人々は、「光」や「闇」をどうとらえていたのだろう、と想像することがあります。

個人的な感覚で恐縮ですが、電気の明かりと、太陽や炎の明かりと、どこが特に違うだろうと考えると、やはり「曖昧さ」ではないかと感じます。

電気の明かりは、部屋の隅々まで隈なく一定の明るさで照らします。

一方、太陽や炎など自然の明かりは、部屋の場所によって明るさが違いますし、風によって揺らいだり、時間によって暗くなったりもし、常に曖昧で不安定です。
常に「闇」との間を行き来する、「闇」とセットになった光とでも言えましょうか…。

この「曖昧さ」は、人の手に負えないため、時として不便に感じたりもしますが、はっとするような美しさを見せてくれることもあります。

例えば、茅ヶ崎館の中庭の池に反射した太陽光が、壁に映し出す、水面の涼やかなゆらぎ。
これを見ることが出来るのは、よく晴れた日の、お昼過ぎのわずかな時間。
油断していると、あっという間に壁に吸収されてしまいます。
しかし、得にくいからこそ、何ともいえぬ味わいがあります。



幾重もの時間を重ねて、独特の色味を醸し出している、茅ヶ崎館の木造家屋は、電気の光ではなく、窓から差し込む太陽の、柔らかく繊細で不安定な光によって、美しいつやを現すような気がいたします。

生まれたときから当たり前のように電気を使い、現在も夜遅くまで部屋の明かりを灯し、パソコンやテレビを使うことが当たり前のわたくしにとって、このような情景を目の当たりにすると、はっとすることがございます。

隅々まで光に晒されることに慣れてしまった現代。
いまは、些細なものごとまで論理や数字、情報、言葉といったフィルターで「光」に晒し、曖昧さをなくそうとするような世の中の流れがあるように感じます。たまにそれらを窮屈に感じる時もあります。
もちろんすっかり恩恵にあずかっているわけなので、全て否定することはできません。
しかし、「曖昧さ」が創り出す美しさに触れるとき、このような流れをハタと疑問に感じることもあるのです。

茅ヶ崎館の建物
 

本年で創業111年目を迎える茅ヶ崎館は、茅ヶ崎という町の発展と共に歩んでまいりました。その歩みは、現存する建物にもしっかりと刻まれております。

 

明治32年に創業した当館は、関東大震災の際、風呂場を残し、建物が全壊。

現存する建物は、そのとき建て直されたものです。

 

20091月に、当館の建物が、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として茅ヶ崎市で初めて、国指定の登録有形文化財となり、新たなスタートを切りました。

 

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谷崎潤一郎は『陰翳礼讃』という文章の中で、日本には「なれ」という言葉があると言っています。

 

「なれ」とは。

 

長い年月の間に、たくさんの人の手に触れられて出来た、濁りを帯びた光沢。

積み重ねられた時間を感じさせるような、微妙な陰りが堆積して出来たつや。

日本人は、そのような色合いを持つものや空間を愛してきた、というようなことを書いています。

 

私が初めて茅ヶ崎館を訪れたとき、この「なれ」という言葉がとてもしっくりくると感じました。

 

たくさんのお客様の足音が刻まれてきたであろう廊下は、窓から差し込む光で淡く光ります。

明治時代からある浴室は、湯気の中から喋り声やたくさんの洗面器の音が聞こえてきそうです。

 

このご時勢、色々なところで、「なれ」が乱暴に剥ぎ取られていく様子が見受けられます。

「なれ」を剥ぎ取るのは一瞬ですが、そこからまた「なれ」を創りだすのは、途方もない時間がかかることでしょう。

どうかここだけは、これからも、静かに、ゆっくりと「なれ」を刻み続けていってほしい。

 

そんな願いを込めて、本ブログでは、様々な「なれ」が刻まれた茅ヶ崎館の建物も、写真と共に紹介してゆこうと思っております。

参考文献 谷崎潤一郎『陰翳礼讃』(中公文庫)